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​犬神憑き

​拾.歪んだ正義

 炉梦・琥珀「「影近!!!!」」


眩い光の先、叫ぶ声が重なった。

どうやら、影近の神通力が入江の呪術を弾き飛ばしたらしい


 入江「へぇ…やるじゃん。半妖にしては。邪魔すんなって感じだけど。」


入江の瞳に狂気の色が差す。

カガリを庇って立つ影近は、崩れ落ちるように片膝をついた。


 影近「…っ……!!」

 入江「あれれ。ねえ、どうしたの?

    やっぱり半分人間だと妖力も弱いの?もう疲れちゃった?」

 琥珀「貴様…!やはり喰らっておくべきだったか!」


低く唸る琥珀を横目に、入江はわざとらしく溜息を吐く。


 入江「なんだ、まだいたの?化け狐。

    …ああ、そうだ、そうだね。さっきのお返しをしないと。」

 琥珀「ほざけ小童。礼を言われる覚えはないぞ。」

 影近「おやめ、ください…」

カガリ「…影近殿!」

 影近「…入江さん。貴方はこれ以上……大切な人を、亡くすおつもりです…か?」

 入江「はは…あんた何言ってんの?大切な人?そんなのいないよ、全部ゴミだし。

    つか、出来損ないの半妖のくせに説教のつもり?黙りなよ。」

 影近「不愉快な思いをさせてしまったのなら、すみません。…でも、黙りません。

    貴方は、犬神さんの本当の気持ちを知るべきです。」

 入江「はあ?何言ってんの?…犬神の気持ち?そんなの興味ないし。

    …だいたいそれ、今更過ぎ。

    俺たちは憎みあってる。最初から今までずっと。もちろんこれから先も。」

 影近「…嘘です。貴方は憎んでなどいない。むしろずっと負い目を感じていたんですよね?

    一族のしきたりで犬神さんを縛り付けてしまったこと、

    犬神さんの家族まで巻き込んで彼から全てを奪ってしまったこと…だから貴方は」

 入江「煩い!!!!いいの!!!!いいんだよ!!!!俺は殺すの!!!!!

    俺を虐げてきたクソみたいな人間共を!!

    他人を呪い殺すことで生きる意味を見出そうとする

    愚かな一族の汚れた血の流れを止めてやったんだよ!!!

    犬神だってずっとそうしたかったはずだ!!!

    俺の息の根を止めてやりたかったはずなんだ!!!今、この時だって…!!」

 影近「入江さん…」

ふらつく身体で歩み寄ろうとした影近の肩にカガリがそっと手を置いて制した。

カガリ「もう良い…影近殿。もう、良い……それ以上は身体に障る。

    …巻き込んで、迷惑をかけて本当にすまなかった。」

カガリ「入江…帰ろう。これからは私と犬神がお前の傍にいる。

    もう何も背負わなくていい…だから、私と共に行こう。」

 入江「はっ…笑えない。カガリまで俺と犬神の邪魔すんの?

    あんたはこっち側だと思ってたのに。」

カガリ「入江…私はっ!!」

 入江「あーあ、どいつもこいつも…めんどくさい。犬神、やっちゃってよ」 


歪んだ唇の端から鋭い牙が剥き出し、入江の手足がみるみる獣毛に覆われてゆく。

赤褐色の眼光、鼓膜をつんざくような低い唸り声が地を震わせた。


 入江「俺はこっち。…驚いた?」

カガリ「入江…!?何故……まさか、そんな…!犬神憑は肉体を別個には保てぬはず…」

 琥珀「写し術か…しかし、この感じ…縛霊の紋だけではないな。どうなっとるんじゃ…」

 影近「……」

 入江「あっははははは!いいね、その顔。さて、誰から殺してあげよっか?

    犬神もちょうどおなか空かしてるし…とりあえず臓器いっこいっこ取り出しながら…」

 影近「入江さん」

 入江「…あ?」

 影近「貴方は正直な人です。正直が故に、歪まざるを得なかったのでしょうね。

    それが貴方の正義ならば…仕方がありません。勝手を承知の上、お見せ致します。

    カガリさん…お願いできますか?」

カガリ「…あ、ああ。わかった。」


カガリは錫杖を一振り、影近の額に向ける。


 影近「僕は、対象の記憶を直接視ることしか出来ないのですが、こうすれば…」


遊環のこすれ合う軽やかな音色とともに、あたりが眩い光で溢れ出した。


 入江「…っ!?」

 

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