Far-off Voice
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6.約束の丘、ニコルの手紙
そこへ辿り着いたのは3日後の朝のことだった。
商店街の路地裏、その先に見える紅葉が美しい故郷の山々
ふわりとかすめる金木犀の香りに白いキツネは足を止める。
朝焼けに包まれた小高い丘の上で大きな樫の木が手を振った。
ニコルと初めて出会った思い出の場所。
失いかけていた10年前の記憶が、少しずつ戻ってくる・・
「狐白!」
遠くの方から名を呼ばれたような気がした。
地面を強く蹴って走りだす。迷いはない、目指す先は唯一つ。
細長い路地裏を抜け、緑の急な斜面を無我夢中で駆けのぼった。
丘の上で目に映ったのは・・・古びて傾いたブランコと、枯れ果てた百合の添えられた墓石
懐かしさと安堵と疲労感がどっと押し寄せて狐白はその場に倒れこんだ
前脚に何かが当たってゴトリと音がする。
それは、手のひらサイズのお菓子箱だった。
汚れてボロボロになった箱の蓋。
そこには消えかかった文字で確かに「こはくへ」と書かれていた。
一通の手紙と、小さなオルゴール・・狐白はそっと手紙を開いた。
紅葉柄の便箋いっぱい、丁寧な文字が並んでいた。
約束の日、おばあちゃんが亡くなったこと。
お葬式や、引き取り手を決める話し合いなどで なかなか外へ行かせてもらえなかったこと。
そして、この町から引っ越してしまうこと・・
彼女はどんな気持ちでこの手紙を書いたのだろうか・・
泣いていたのか、ところどころ文字が滲んで乾いた跡があった。
手紙の最後には「大きくなったら絶対に会いに来る。そのときはまた遊ぼうね!こはく、大好き!」
・・そう書かれていた。
狐白はニコルの手紙をぎゅっと抱きしめ、オルゴールのネジを回した。
そして、ゆっくりと目を閉じる。
春も、夏も、秋も、冬も。
毎日のように聴いた音色が心に溶けてゆく・・
6年前の秋の日、
ニコル・・キミはここへ来ていたんだね・・僕は嫌われたわけじゃなかったんだ・・
大粒の雫がぽたぽたと手紙の文字を滲ませた
空を見上げ 初めてそれが自分の涙だということに気付く。
僕は生まれて初めて声を上げ 思いっきり泣いた。
ニコル、僕はキミに伝えなきゃいけないことが沢山ある。
約束の丘の上で、僕はようやく全てを思い出した。