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​犬神憑き

​拾弐.篝火の光

※今回は、カガリ視点です。



目の前で何が起きているのか、理解するまでに遅れをとった。 

入江の結界が犬神を弾き飛ばす。 

犬神はそのまま木に打ち付けられたが、すぐに体勢を立て直し再び入江めがけて突進してゆく。 

止めるべきか、否か。 

迷う間にも入江の張った結界が崩れ、犬神が馬乗りになり牙を向けた。 


私も影近殿も、犬神の暴走については予期していなかった…

突き動かすのは己の意思か、入江の恨み辛みの残滓か

しかし、私には確信がある…犬神、おぬしは……


 琥珀「おい、甲妖!どうなっておる!?」 

 

 

棒立ちの私に向かって空狐が息を巻く。


カガリ「恨みこそが、今の入江の全てだ。

    だが、犬神の記憶の一部を見せたことで入江の心は酷く乱れたのだろう…

    あやつらを繋いでいた糸が途切れたと見える。」

 琥珀「途切れれば、写しも消えるはずではなかったか?」

 影近「いずれは消えると思いますが…それほど入江さん自身の闇が深いということでしょうね。」

 琥珀「おぬしら随分と悠長な…止めなくて良いのか?」

カガリ「写しは主を傷付けることは出来ぬ。…はずだ。」

 琥珀「…はず?」

 影近「例外もあり得るということですね。」

カガリ「ああ…。本来、写し術とは影分身の類であり、己の姿を幾重に写すという術だ。

    しかし、あやつらの場合はわけが違う。」

 琥珀「…?」

カガリ「実体化が出来るのならば…話は別だ」


 入江「…ぐっ…ぁあああっ…っ…ぅ…ぁあっ!!」

カガリ「入江…っ!?」

 琥珀「っ…たわけが!」


森中に木霊する入江の悲痛な叫声。

赤黒い血液が止めどなく溢れ、地に滴り落ちる。

 

私は戸惑いを隠せなかった。


『止めてみせる。血筋なんて関係ねぇ…!

 そんなしがらみ俺が全部取っ払って、あいつを自由にしてやる!!』
 

 

犬神の言葉が、強い意志を灯した瞳が鮮明に蘇る。


おぬしの意志はそんなものだったのか?…犬神よ!


カガリ「………?」


ふと、肩口に喰らいつく犬神の異変に気付く。

明らかに様子がおかしい。


 琥珀「ええいっ!もう見てられん!」

カガリ「…待たぬか空狐!」

痺れを切らした空狐が私の制止を無視し、地を蹴った。


 入江「…くっ……邪魔…っ…しないでくれる!?」


肩を押さえ、苦痛に顔を歪めた入江がこちらに手を翳す。


カガリ「空狐!影近殿!伏せ…」


まずいと叫んだ時は既に遅く…

まばゆい閃光に目が眩んだと思うと、身体中が痺れて動かなくなっていた。

足の先から指の先まで強い静電気が全身を襲うように力が入らず、地に倒れ込む。

影近殿と空狐は…!?

見える範囲に目を凝らすと、犬神らの手前…私と同じように倒れている空狐が目に入った。

しかし、影近殿の姿が見えない。

錫杖にさえ手が届けば…痺れなど法術で!

 

 

手の届きそうな位置に転がる錫杖へと必死に手を伸ばしている私の耳に、

すぐ近くでシャラン、シャランと聴き覚えのある鈴の音が聴こえた。


 影近「大丈夫ですか?」

 

 

頭上から影近殿の涼しげな声が降ってくる。

不思議と、身体から痺れが引いてゆくのを感じた。


 

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