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​9.もう一度

もう一度 - 終夜
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「ニコル…僕は…」

勇気を振り絞って次の言葉を言おうとしたそのとき、ニコルを呼ぶ声がした。

病室の方を振り返ると、白衣姿の女の人が目を丸くして立ち尽くしていた。

それもそうだ。ニコルはここ半年の間、ずっと眠ったままだったのだから。

キツネにつままれたような表情でかたまる看護士さんに、ニコルはその場で軽く会釈した。

つられて僕も会釈する。

医者を呼びに行ったのだろうか。
看護士さんは酷く慌てた様子で去っていった。


ニコル「私…もう行かなきゃ……」


夕日色に染まった瞳が揺れている。空は青紫に侵食されつつあった。

日が暮れれば僕は人の姿を保てない……つまり、タイムリミットだ…


狐白「…そっか。」


僕は今、どんな顔をしているのかな? 上手く笑えているといいんだけど…


狐白「そう、だね…病み上がりなのに無理させてごめんね。」


精一杯の笑顔を作ってニコルに微笑みかけた…つもりだった。


ニコル「なんで?」

狐白「え…?」

ニコル「なんで泣いているの?」


それはいつか、僕がキミに尋ねた言葉と同じ…腕を引かれるように蘇る記憶、引き戻される感覚。

あの日の匂い、景色、赤く染まる大きな樫の樹の…お墓の前で泣いている小さな女の子。

もう泣かないと約束したあの日から、ニコルは一度も涙を流していない。

辛い気持ちも寂しい気持ちも全部一人で抱え込んで…彼女はいつも大丈夫だと言って笑った。

おばあちゃんが亡くなったときも、父親に殴られたときも、

親戚の人に邪魔者扱いされて学校へ行かせてもらえなくなったときも…

きっと仕方がないと全てを諦めて、心に蓋をして生きてきたんだ。


狐白「ごめん…大丈夫だよ。」

ニコル「でも…」

狐白「あ、そうだ…これ」

ニコル「なあに?それ…」

狐白「これはキミが大切にしていたものだよ。
   すっかり遅くなっちゃったけど、返すね。」


僕は古びた手のひらほどの箱を差し出す。

しかし、ニコルはそれを受け取ろうとせず、首を横に振った。


ニコル「それはあなたが持っていて、狐白。」

狐白「どうして…?」

ニコル「…だって私達、また会えるでしょう?」


彼女はそう言って花のように笑った。

本当は彼女は全て覚えていて、わざと言っているのではないか…と思った。

 


ううん、違う。

記憶がなくてもどれだけ月日が流れようとも、彼女は、ニコルはここにいる。

今、ここに生きてる。

そして、彼女の瞳が映す景色の中に…僕がいる。


僕はなんだかもう…たまらなくなって、彼女に背を向け…「そうだね。」と一言、短い返事をした。


もうすぐ…秋が終わる。

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