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​5.


京「あたしん家はね、この山の向こう側にあるの。列車で一時間くらいかな。」


愁「街中…?」


京「ん~…どうだろ。ここよりは栄えてる、かな。地下鉄も、ショッピングモールもあるし。」


愁「いいな」


京「田舎は嫌い?」


愁「好きとか嫌いとかは、わからない…でも、窮屈だと、思う。」


京「そっか。離れてみないとわからないこともあるよね。」


愁「?」


京「あっ!みて!飛行機雲!」


京「見つかりますように、見つかりますように、見つかりますように!」


愁「何してるの?」


京「ん?願い事。飛行機雲が消えちゃう前に、3回願い事を言うんだよ。」


愁「それって、流れ星じゃない?」


京「…あっはは!そうだったかも。うちのおじいちゃんがね、よくやってたから、つい…」


京「あたしもおじいちゃんに今の青年と同じセリフ言った気がするよ。」


 

愁「見つかりますように…って?」


京「ん~…探しもの。何か大切なもの、探してた気がするんだよね。」

 


愁「…見つかりますように。これで2倍くらいにはなったんじゃない?」

 

京「…ふっ、ふふ!なーんだ!やっぱり優しいなあ!青年!」


愁「べ、別に。うるさい。」

静かに空を見上げる青年の横顔。
 

私も青年の隣に立ち、流れていく雲の切れ端を眺めた。

彼の瞳にはどんな風に映っているのだろう…?
 

同じ景色だといいな。


京「いなくなることがね、その場所を捨てたことにはならないと思うんだ。

  今は分からなくても、いつかまた、10年後とか、20年後とか、お年寄りになってからとか。
  同じようにこの場所に立って、飛行機雲を目で追ったりして…
  懐かしくてぎゅっと胸を掴まれるようなそんな瞬間が来ると思うの。

  だから、離れたっていいんだよ。大切に思う気持ちは、どこにいたって変わらないから。」


 

愁「僕は…」


京「あ!川だっ!!川だよ青年!」


 

愁「は…ったく。落ち着きなさすぎ。」


京「綺麗だねー、見てくださいよこの透明感!魚とかいないかな。」


 

 

愁「ねえ!」


京「なあに?」


愁「蛍…見たことある?」

 


京「蛍…蛍!蛍がいるの?」


愁「いる」


京「見たい!見たい!」


愁「少し歩くけど…」


京「全然平気!行こう!今すぐ行こう!綺麗に撮れるかなー」

​子供のようにはしゃぎながら歩く彼女の背中が一瞬、透き通って見えた。

目を凝らしてもう一度よく見てみたけど、人の身体が透けて見えるはずもなく…

 

僕は前を行く彼女を追うように少し早足で、日差しの和らいだ川沿いの道を下ってゆく。

「彼女が死神だったら…」なんて馬鹿みたいな妄想は、

滴った汗と共に…焼けたアスファルトの上で音を立てて消えた。

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