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​犬神憑き

肆.不穏

あれから、何度季節が巡っただろうか…
 

 

神に見放されたこの社を、民の笑顔を守ろうと決めてから…もう随分 俗界に降りていない。

悩みを抱えた人が、以前より多くなったように感じるのはおそらく気のせいではないだろう。

いったい私の知らぬところで何が起きているというのか…

毎日のように訪れていた犬神も、ここのところあまり姿を現さなくなった。

ようやく姿を現したかと思えば、白々しいほど明るい調子でおどけてみせる。

人の為 日々奔走する私を、心配させまいとしているのだろうか。

 

だとすれば犬神、そなたの方がよほど阿呆だ。

私はいつも友のことを一番に思うているというのに…


さして、この生活が退屈だとは思わないが、ただひとつ…犬神のことが気がかりであった。

 

いや、違う。

私にはもうひとつ…気がかりなことがある。

町で人攫いが頻発しているという話を小耳に挟んだ。

 

実のところ、参拝に来るほとんどの者が同じことを口にする。

走り去る獣の姿を見たと言う者も多くいた。

まさか、と思うところはあったが…どうか私の思い違いであることを切に願う。

考えていても仕方のないことだ。

 

次、犬神が訪れた時に尋ねてみるとしよう。

そう思った。


だが、もう…犬神が私の前に姿を現すことは、なかった……

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