top of page

​双子の神

​伍.相馬の神社へ

連れて来られたのは、僕らの町の片隅…小さな杜の中に佇む小さな神社だった。

涼音が繋いでいた手にぎゅっと力を込める。

その顔には色んな感情が混ざり合うように浮かんでは消え、
自分の気持ちをどう表現していいものかわからないみたいだった。

影近はにっこりと微笑み、「ここで待っていてください」と言ったきり姿を消した。

琥珀という狐の妖かしは終始ふんぞり返った様子で神のなんたるかを一人語っている。

僕はそっと空を見上げ、木々の隙間から見える青空に目を細めた。

静かで、風の揺らす枝葉の囁きが耳に心地よい場所だった。

僕らのような廃れた神が棲み着いて良いものだろうか?

そればかりが気がかりで、胸がそわそわする。

二人で立ち尽くしていると、参道の奥から影近が姿を現した。




影近「涼音さん、風鈴さんお待たせしました。」

風鈴「…なあ、本当にいいのか?ここにはもう別の神が祀られてるんじゃ…」

影近「ここに祀られていた神様はもういらっしゃらないのです。
   色々ありまして…落神を封じる為に自ら……」

涼音「…っ!?」

風鈴「犠牲になったというのか…?」

影近「ははは、冗談ですよ。さあ、行きましょう!神主さんにご挨拶しなくては。」

風鈴「……」


琥珀「なんじゃ?立ち止まりおって…遠慮することはない。
   神がおらぬ神社などただの社に成り果てるだけ。堂々とするが良い、氏神よ。」

風鈴「そうだな…行こう、涼音。
   ここからまた僕らの町を、人々を見守って行こう。」

涼音「ああ、そうだな!風鈴!」


――――――――――

――――――――

―――――

 


風鈴「世話になったな、祓い屋。」

涼音「おかげで少しずつ力も戻ってきているみたいだ。礼を言おう、千里影近。」

影近「それは良かったです。ああ、そうそう。
   あちらの神社も取り壊しの予定はないので安心してくださいね。」

風鈴「ああ、たまにはあそこから町を見下ろそうと思う。」

涼音「大福をたべながら、な!」

影近「じゃあ、今度は共に白里堂(はくりどう)まで行きましょうか。」

風鈴・涼音「ああ!楽しみにしているぞ!」




僕と涼音は、影近の後ろ姿が見えなくなるまでずっと見送り続けた。


こうして、僕たちは相馬神社という小さな神社の氏神として祀られることになり、

毎日を楽しく過ごしている。

 


この神社は小さいながらも参拝者が多く、
毎日のように供え物を持った人間がやってきては悩みや願いを口にする。

毎年正月には何万という町の人間が参拝に訪れるそうだ。

僕たちは人々の手助けをしながら、少しずつ本来の力を取り戻していった。

神主に僕らの姿は見えないはずなのだが、朝の掃き掃除の時間、
飽きもせず独り言のように話を聞かせてくれるから
涼音も神主の周りを駆けまわっては嬉しそうにしている。


消えかけていた命の灯が息を吹き返し、夢に見た幸せが今、目の前にある。


僕はただただ、それが嬉しかった。



ありがとう、半妖の祓い屋。 ありがとう、千里影近。

また逢おう。




「廃神社、双子の神」完

bottom of page