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​犬神憑き

​弐.四ツゑ森の犬神憑き

少しばかり長くなってしまうやもしれぬが、どうか聞いて欲しい。 


それは、私がまだ相馬の神社(そうまのかみやしろ)に暇つぶしで遊びに来ていた頃の話だ。 


町のはずれに四ツゑ森(よつえもり)という小さき森があるのはそなたも知っておろう? 


私は暑いのがどうも苦手でね… 

夏の昼間はその小さき森の最奥で、 岩清水流れる涼やかな岩陰の下 昼寝をするのが日課だった。 


ある晴れた昼下がり。 

私はいつも通りそこで昼寝をしていたのだが、

数刻も経たぬうち…地を這うような獣の唸り声で目を覚ました。

山の怪(やまのけ)でも出たかと思い、岩陰から身を起こし覗いてみると…
そこには悶え苦しむ獣の姿があった。

獣の頭部に人の肉体、鋭く伸びた爪と飢えた眼光…

苦しげに頭を抱えるその様に私は一目で理解した。

…犬神憑き(いぬがみつき)だと。


 

 

情報屋なら既知のことであろうが、犬神をその身に棲まわせた人間の血筋を犬神憑きと呼ぶ。

長きに渡り、迫害されてきた一族だな…

 

 

私はそやつに問うた。


「宿主を喰らう気か?」、と。

そやつは私を睨みつけ、吐き捨てるように言った。

「喰らう気であればとうの昔に喰ろうておる!…私に構うな。」、と。

しかし…言葉に反し、あまりに悲しげな表情(かお)をするもので…

ああ、こやつは私に助けを求めているのだなと感じてね。

衝動を抑えられるよう、私の妖力(ようりょく)を混ぜた薬をくれてやった。


暇を持て余した妖かしの、戯れ(たわむれ)に過ぎぬこと。

 

…今となれば、間違いであったと歯噛み(はがみ)する思いだ。


私はそれから毎日、犬神を探しては奴にちょっかいをかけるようになった。

その度 奴は恨めしそうな顔をして溜め息を吐くのだが、不思議と私を追い返そうとはしない。

それが何故だか、とても愉快でなぁ…


何をするともなく流れ行く時の中で次第に、共に過ごすのが当たり前になっていった。

 

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