Far-off Voice
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10.ニコルの日記
【10月20日】
看護士さんからの勧めで、リハビリも兼ねて日記を書くことにした。
今までのことも思い出せればいいのだけど、焦るのは良くないとお医者様に言われたので
今は素直に狐白との時間を大切に過ごそうと思う。
私は一人じゃない。大丈夫。
昨日、狐白に故郷の話を聞かせてもらった。
昔、私が住んでいたという町の山の話だ。
最初は遠慮がちに話していた狐白も、私が質問をすると嬉しそうに答えてくれた。
でも、どうしてずっと一人きりで山に住んでいたのかは聞けなかった。
もし、その質問をしていたら狐白はなんと答えただろうか?
記憶のない私の何気ない疑問が彼を困らせてしまうような気がして、そっと心の奥にしまった。
一年を通して咲き誇る山桜の樹があるらしい。
それも一本ではなく何本も何十本も。
桜は、春にしか咲かないものだよと言ったら、とても驚いた顔をしていた。
その樹の根元で昼寝をするのが狐白の日課だったと聞いて、なんだか私も山に住んでみたくなった。
いつか、連れて行って欲しいと言ったら狐白は曖昧に笑った。
【10月22日】
昨日は朝から検査で、疲れて寝てしまったので日記を書くことが出来なかった。
狐白に会うことも出来なかったので、特に書くことはない…けど、夢を見た。
こわくて、苦しくて…悲しい夢……
靄がかかったようで、断片的にしか思い出せないけど、誰かが泣いていた。
赤い、赤い、夕焼けの中…大きな樹の……
なんだったんだろう…? 私の、記憶…だったら希望が持てるのに。
思い出したくないと無意識に押し込めている自分がいるのだろうか?
わからない。
そういえば、今日 狐白が栗の実をくれた。
ハンカチいっぱいの栗の実は、粒が大きくてどれもツヤがありとても綺麗だった。
気のいい看護士さんがマロングラッセを作ってくれて、中庭のベンチで狐白と二人並んで食べた。
食べ物をあんなに美味しいと感じたのは初めて…かもしれない。
記憶がないからわからないけど。
栗を拾うときについたのだろう、狐白の両手の傷を見て私はそっと彼の手を握った。
何故だろう…酷く胸が痛む。