Far-off Voice
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8.夕暮れの庭でキミと
夕暮れが優しく包み込む中庭の隅。
木々のささやきが耳に心地良いベンチの下に、長く伸びた二つの影。
7年振りの再会に何から話せば良いものかと戸惑う僕の隣で彼女はどこか遠くを見つめている。
その横顔はとても穏やかで、少し前までの消え入りそうな危うさは感じられなかった。
なんとなく彼女の視線の先を追ってみる。
赤と青が入り混じった空のコントラストが目に眩しくて、僕は思わず目を細めた。
彼女の瞳に映る世界が同じように僕の瞳に映ることはない。
ずっと同じ景色を見てきたはずなのに、いつの間にか彼女だけは深い闇の底を見ていて…
自ら色を消してしまう程に追い詰められていた。
ニコルはもう…僕のことを覚えていない。
それは悲しいことのはずなのに、心のどこかで安堵している自分がいた。
それでキミが救われるなら、解放されるのならば僕は…
「夢を見るの。」
澄んだ声が聴こえた。
彼女は空を見上げたまま、どこか懐かしそうに言葉を紡ぐ。
「誰かを待ってる夢。でもね、待っているのは私のはずなのに
私はいつも会いに行かなきゃって焦りを感じているの。」
心臓が跳ねた。少しずつ鼓動が早くなっていくのを感じる。
僕は溢れ出しそうになる感情を必死に抑え込んで恐る恐る問いかけた。
「…その人に会いたいと思う?」
彼女は僕を一瞥し、少し困ったような笑みを浮かべると、小さく呟いた。
「私はその人のことを覚えていないから…」
僕は「そうだよね」、と肩を落とした。
何を期待していたのだろうか・・・ 彼女に気付かれないよう小さく息を吐く。
それでも・・・
たとえニコル…キミが覚えていなくても、僕は伝えるって決めたんだ。
「僕は7年前の秋の夕暮れ、ある女の子と大切な約束を交わしたんだ…」
それはまるで自分ではないみたいに酷く落ち着いた声だったと思う。
唐突な語り出しにニコルも驚いたのか、目を瞬かせた。
記憶の奥底に沈んでいた約束。
思い出せたときにはもう遅かったけど…
「その子を僕の秘密基地に連れて行くって・・・。僕の初めての友達だったんだ、キミが。」
ひとつひとつ、噛み締めるように口にする。
「でも、約束の日…キミは来なかった。ううん…僕らはすれ違っていたんだよね。
キミはちゃんと来てくれていて、手紙まで…。
僕はそれに気付かなくて、てっきりキミに嫌われてしまったんだと思った。」
「それからすぐにキミが隣町に引っ越すことを知った。
僕はどうしても諦めることが出来なくて…ついていったんだ。
日に日に笑顔を失っていくキミのことが心配で、でも僕には何も出来なくて。」
傷ついたキミの横顔を、ただ黙って見ていることしか出来なかった。
拳を握り締めて唇を噛む。
「でも、あなたはずっと傍にいてくれたんでしょう?」
はっと顔を上げ、彼女の方を見る。
そこには優しく包み込むようなニコルの笑顔があった。
「それに、こうやってまた会いに来てくれたわ…」
ふわりと漂う金木犀の香りで肺が満たされてゆく。
いつの間にか、握った拳は解けていた。
「ごめん…」
込み上げる涙を堪えて僕は赤紫色に溶けだした空に視線を移した。
「どうして?」
ニコルが不思議そうに尋ねる。
「遅くなって。」
僕が小さくそう言うと、彼女は「ふふっ」と笑った。
膝に乗せていた本をベンチの端に置くと、立ち上がって伸びをし、夕陽を背にして僕に向き直る。
「ありがとう、私を見つけてくれて…」
声が、少し震えているような気がした。
その表情を確かめたくて目を凝らしたけど、肩越しに見える夕陽が眩しくて目を細めた。
彼女は、泣いていたのかもしれない。
僕は立ち上がり、何も言わずに彼女の手をとった。
立ち眩みで視界が揺れる。
身体が重たく、悲鳴を上げているのがわかる。
でも・・・僕はまだ大事なことを伝えられていない。
だから・・・