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​3.

ずっと、見ている。

彼を…彼の人生を。

まるでスクリーンの向こう側の世界を眺めるような、そんな感覚。

目の前にいるのに、彼の目には映らない。


一日が過ぎ、二日目がやってきて…

そしてこのまま、予定通り彼の最期を見送ることになるのだろう。

言葉を交わすこともなく。

それが私に与えられた役割で、それ以上も以下もない。


庭先の石鉢…

地に落ちた椿の花を拾い上げ、水に浮かべ

 

彼はそれをじっと見つめたまま。

何を思っているのか、なんて…

考えたところで知る必要もなければ、知る術もない。

私は…伸ばしかけた手をそっとおろした。


次の日、彼はマンションの屋上にいた。

凍てつく冬の昼下がり、彼は学生服に身を包んでいた。

冷たい風が、誘うようにブレザーの裾をなびかせる。

一歩踏み出せば飲み込まれてしまいそうな景色の中、

見下ろすように俯いていた彼が、そっと靴を脱いだ。


 

昔どこかで見たドラマと同じ、綺麗に揃えられた革靴。

私より大きいはずの背中がなぜだかとても小さく見えた。


彼は空を仰ぎ、腕を広げる。


何度も見送ってきたはずの誰かの最期…

これが私の役割で、それ以上も以下もなくて

私には何も出来なくて…


彼の身体が僅かに揺れ、吸い込まれるように傾いていく。


咄嗟に伸ばした手はかすりもしないまま空をかき、

私はその場に崩れ落ちた。


ずっと見てきた…

彼を、彼らの人生を。

それが私に与えられた役割で、償いだから。

どうか、どうかせめて穏やかに眠れますように。

そして、叶うならいつか…

 

ずっと先の未来で、あなたが幸せな人生を送れますように。


私は彼の靴の上にそっと美しく咲き誇る椿の花を添えた。

 

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