Far-off Voice
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7.再会、そして…
薄暗い病室の外、夕陽に染められた小さな中庭で、ベンチに腰掛け、静かに本を読む少女がいた。
まるで一枚の絵画を見ているような感覚にとらわれ、足を止める。
「ニコル・・・」
僕はそっと呟いた。大切な大切な・・・彼女の名を。
目を醒ましていたことに驚きはしたが、その姿に、胸を撫で下ろす安堵の方が大きかった。
中庭の入口に立ち尽くしたまま、僕は目の前の彼女に出会った頃の少女を重ね見る。
肩につくくらいだった薄茶色の髪は腰まで届く程に伸び、
あどけなさは残るものの、その横顔は酷く深みを帯びていた。
質の良い真っ白なワンピースに身を包む彼女は出会った頃よりずっと大人びて見え、
10年という時の流れを改めて痛感させられる。
10年・・・か。
樫の木の根元、遠い記憶の中に薄ぼんやりとニコルの笑顔が浮かぶ。
中庭に植えられた金木犀の香りが不意に記憶と重なり、胸をぎゅっと掴まれる感覚に眩暈を覚えた。
なんと声をかければ良いのだろう? 本当に僕は彼女に会うべきなのだろうか・・・
昂る気持ちとは裏腹に一抹の不安が溢れ落ちる。
躊躇う僕の背中を押すように吹き抜けた一迅の秋風が、ふわりと彼女の髪を揺らした。
そっと瞼を閉じ、手紙を持つ手に力を込める。
・・・大丈夫。
気が付くと僕は、彼女の座るベンチの前に立っていた。 狐ではなく、人間の姿で。
開いた本に落とされた僕の影に、彼女がゆっくりと顔を上げた。
深い碧色の瞳が僕をとらえる。
「・・・あっ・・・・・・」
目が合った瞬間、頭の中が真っ白になった。
話したいことは沢山あるはずなのに、上手く言葉にならない。
「綺麗・・・」
「え?」
彼女の口からこぼれた予想外の言葉。何のことか理解出来ずに間抜けな声を発する僕。
「その髪、とっても綺麗ですね。真っ白なのに、陽に透けると銀色で・・・素敵!」
「あ、ありがとう。」
あの頃と変わらない笑顔で彼女は笑う。でも、その雰囲気にはどこか違和感があって・・・
咎めるでもなく、問いかけるでもなく呟くように告げる。
「ニコル、キミは僕のことを覚えていないんだね。」
彼女の笑顔が、一瞬で戸惑いに変わった。
「どうして私の名前を・・・・・・貴方は・・・」
「僕の話、聞いてくれるかな・・・?」
上手く笑えているかわからないけど、精一杯の笑顔を彼女に向ける。
すると彼女は僕を見つめたまま、小さく頷いた。
これが最期になるかもしれない。ちゃんと伝えるんだ。
震える心臓を落ち着けるように僕は深く息を吸った・・・